乳がん手術の退院後の様子と病理検査結果

胸痛 乳がん

こんにちは、naocoです。
12日間の入院生活を経てようやく退院となりました。詳しい入院生活の詳細は以下から。

(乳がん手術と入院期間中の出来事【入院初日~手術直後】)
(乳がん手術と入院期中の出来事【手術翌日~退院】)

ドレーンの排液量は減ったものの止まったわけではないため、翌日から毎日クリニックへ
通院して注射器で浸出液を抜く処置をすることになりました。それでも、退院は歌い出し
たくなるほど嬉しく、気分は清々しく家路につきました。
まさか、帰宅後の回復期がこんなに過酷な生活になるとは夢にも思っていませんでした。
退院からの1か月を振り返ります。

スポンサーリンク

退院直後~10日目

退院は晴れ晴れした気分で、愛犬との歓喜の対面も果たしました。ドレーンが退院間際ま
で抜けなかったために、シャワーの許可が下りず清拭だったので何よりもシャワーに入れ
ることが嬉しかったです。

私の場合は、まだ極力腕を動かさないように指示があったため、反対側の腕一本で何事も
こなさなければなりません。生活自体はとても不自由です。相変わらず胸は厚い鉄板が入
って麻痺しているような感覚でした。

手術を受けるまでは、乳房は基本脂肪組織だから切除してもすぐ回復するのでは、と思っ
ていました。術後それはあまりにも甘い考えだったことを思い知ります。また、ワキの下
はただでさえ皮膚が薄くて敏感なところです。腋窩リンパ節の切除があるのと無いので
は、おそらく術後の回復が全く違うだろうことが分かりました。

服を着たり脱いだりするのは一番大変です。着替えにびっくりするほどの時間がかかります。
どんなにゆっくり、そろりと脱ぎ着しても思いがけず力が入って、痛みで悶絶していました。

リンパ節を切除しているので感染症を起こしやすいような土いじりやケガ、火傷に気を付
けなければなりません。好きだったガーデニングは卒業しました。また、以後一生に渡っ
て術側の腕から採血をすることが出来ません。

退院翌日、さっそく傷口の消毒と浸出液を抜きにクリニックへ。
300ml強抜けたと思います。10日間は毎日通って処置していました。車で通院出来
ればとても楽だったのですが、ハンドルまで手が上がりませんので運転は暫く断念しまし
た。それでもバスで一本の場所だったので、近くて助かりました。

スポンサーリンク

退院後11日目~20日目

少しずつですが浸出液の量も減り始め、一日おきの通院になりました。
しかし間一日あると、浸出液が溜まって胸がちょっとタプタプした感じがしました。
体の痛みは相変わらずで、この頃になると痛みと闘いながら家事をすることに疲労困ぱい
していて、申し出をありがたく受けて一か月ほど妹宅で厄介になることにしました。
痛みで縮こまった体勢をしていた為、術側の肩が前方に出ている巻き肩のような形で固ま
ってしまっていました。リハビリはまだ先になりそうです。ちょっと焦っていました。

退院21日目~30日目

浸出液はさらに減り、通院は3日おきになり、30日目を最後に週一回の通院になりま
した。この段階で初めて普通の回復のスタート位置に立てる気持ちがしました。
痛みは相変わらずです。車の助手席に乗っていて、ちょっとした段差に乗り上げるだけ
で、反射的に痛みで声を上げていました。

しかし、浸出液も減り始めたわけですから、そろそろ腕の可動域を広げるためにリハビ
リを始めなくてはなりません。
ちょっと挑戦してみますが、リハビリのスタートの遅れは深刻でした。肩がガッチリと
固まっている感じで、また、抗がん剤点滴の副作用で腕の静脈が硬く、皮下に紐が埋め
込まれているような引き攣れが起こるモンドール病という良性疾患も発症していて、痛
みでスッキリ腕が伸ばせません。

一体、元のように動かせるようになる日が本当に来るのか、気が遠くなる思いがしました。

腕を上げる

病理検査結果

手術から一か月経った頃、患部の病理検査の結果がでました。腫瘍径は大して小さくなる
ことはなかったのですが、ki67(細胞活性の値)が40%→15%にダウンしていて、術前化学
療法の効果を実感することが出来ました。また、リンパ節は当初疑われていた一か所のみ
の転移でとどまっていました。

やるだけのことはやった。回復力の弱いなかなかの劣等生でしたが、頑張った甲斐があり
ました。以後は再発、転移しないように祈り、気を付けながら一歩一歩進んでいくのみ
です。ここまでたどり着けたこと、支えてくれた全ての人たちに心から感謝の気持ちで一杯です。

乳がん
スポンサーリンク
naoco-style
タイトルとURLをコピーしました