乳がん発見から治療に入るまでの心の変化【HSPが影響したこと】

心 HSP

こんにちは、naocoです。
乳がんを自身で発見して以来、様々な検査の末、治療に入ったのはちょうど一か月後でし
た。その一か月間はまるでジェットコースターに乗っているような心の変化がありまし
た。自身がHSPであることも大きく影響しました。
(詳しい経緯はわたしHSPです。特徴と対策【もしかしてあなたも?HSP診断】から)
では順を追ってその変化を見ていきたいと思います。

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乳がん発見時

乳がんは入浴中に自身で見つけたのでが、
(経緯は乳がん発覚のきっかけと初診までの流れ【効果的な乳がん検診とは】から)
その時真っ先に思ったのは、「あー、これは乳がんだ。でも、半年前の検診では異常が無
かったからきっと飛び切りタチの悪いタイプなんだ」でした。

直感の鋭いHSPです。「もしかしたら良性の腫瘍かもしれない」などと疑うことは微塵
もありませんでした。わりと淡々としていて、ただ翌日には是が非でも病院に行かなく
てはならないと思い、夜遅くまでパソコンに向かって乳がんと病院について検索していま
した。一通りの乳がんについての知識と病院選びを済ませ、その晩はちょっと遅めに、で
もいつも通りぐっすりと眠ることが出来ました。

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初診から告知まで

初診の時には既にほぼ乳がんで間違いないだろうということが分かり、その帰り道家族に
メールで「やっちゃったよ、乳がんになっちゃった」と軽い感じで報告していました。
メールを打ち終わり、車に乗り込むとつつーっと涙がつたいました。
「あー、面倒なことになっちゃったなー」と考えていました。
帰宅すると、いつも通り家事を済ませて即パソコンに向かいました。
告知までの10日間は寝る間も惜しんでパソコンで乳がんと治療について調べていました。
(詳しくは乳がんの初診から検査結果が出るまでの間に調べておくべきことからどうぞ)
心が戦闘モードに突入していたのでしっかりしていた反面、生存率とか死亡者数とかい
う単語を見たり、訃報のお知らせで突然終わるブログを見るにつけ、怖さを感じ涙する
ようになっていました。ほとんど人と接することもせず、買い物と犬の散歩以外は引き
こもっていました。

告知から治療開始まで

告知から治療が始まるまでは、間に精密検査を挟んでいた為およそ20日間ありました。
(詳しい経緯は乳がんの告知と治療方針決定、治療開始までの流れからどうぞ)
告知は冷静に受け止めることが出来ました。看護師さんの温かいお言葉に涙したりしまし
たが、それでもファイティングポーズの気構えでした。

帰宅後今度は精密検査について詳しく調べ始めました。
そこでふと、他部位に転移していたら今まで考えていた治療とは全く違う展開になってし
まうんだという事実が恐怖となって突き付けられたのです。一度は完治を目指す治療を受
けたい。
精密検査の結果が出るまで気が気でない日々を過ごしていました。
ふと気づくと泣いている事が多かった時期です。食欲もなく体重もみるみる減っていきま
した。

精密検査の結果出て、治療開始の段取りがつくと一転また戦闘モードで頑張ろうという気
持ちが沸き起こりました。しかし落ち込む時間も多く、結局初診から治療開始までの1か
月で10㎏弱体重が減少していました。

HSPが影響したこと

当時は敏感な性格であるという認識はもちろんありましたが、HSPという単語を見たり
聞いたりしたこともなく、まさか自分の気質に名前がつく事になろうとは思ってもいませ
んでした。
しかし今となって考えれば、私にとってHSPであることは闘病に大きな影響を及ぼしま
した。まず新しい環境に適応するのが苦手ですから、通院をパターン化するまでに相当努
力しました。
病院に行き、初めて会う医師や看護師さんたちと最小限の会話をするだけで頭はフル回転
でめまいを起こしそうな程でした。そして、几帳面で真面目な性質でとことん病気につい
て調べ上げ、脳疲労を起こしていました。
がんの治療に向き合う前から、とても高い壁を越えるべく奮闘してクタクタでした。
非HSPの方ならここで、家族や兄弟や友達に弱音の一つでも吐いて心の負担を軽くする
のでしょうか。
私の場合はまず、がんの話なんてしたら、相手が困るだろうと思ってしまいます。きっと
心から勇気づけてくれるに違いないのですが、おそらく同時に”可哀そうに”という心
の声も聞こえてきてしまい悲しい気持ちになることは容易に予想できました。相手に悲し
い思いにさせたくない。と同時に、自分も今はその心の負担を負えないという気持ちでし
た。強い共感力から自分を守るため人を遠ざけ殻に閉じこもる日々でした。

HSP 乳がん
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