悟りの言葉はレイキだった

太陽 スピリチュアル

こんにちは、naocoです。

私は2016年に乳がんに罹患して、精神的に追い詰められた日々を3年ほど過ごしました。

性格的に人に相談することが出来ませんでした。
自分に辛いことがあった時、泣いたり怒りが生じたりで感情が揺さぶられている間は、人にそれを表現したところで自分が楽になるわけではない、というクールな考え方がありました。

また、家族や親しい人がこの状況に自分以上に悲しんでくれる姿が容易に想像出来た為、それを見たくないという思いもありました。

そうして取った手段は自分の内側に籠るという方法でした。
テレビも観ず、SNSの交流もせず、人とも話さず、日常生活をただ淡々と過ごしながら、ひたすら内観内省に努めていました。(詳しくは私のスピリチュアルへの向きあい方

そんなある日、全てが一変する出来事が起きました。
「悟り」の扉がひらいたのです。

これが悟りなのか

がん手術後、体力を取り戻し再発リスクを低下させる目的でジムに通い始めました。

ある晴れた朝、たまには外の空気に触れたくなり、気分を変え海沿いのランニングコースを5km走り終わり、クールダウンしながら歩いている時でした。

背中を誰かに思いっきり叩かれたような衝撃と共に、頭頂に雷が落ちたような衝撃がありました。

何事が起こったか分からず、ぼう然自失として立ち尽くしていると目の前にある太陽から、メッセージが一気にインプットされました。

あまりの膨大な情報量と今までの自分になかった概念なので、そのほとんどが言語化できません。

しかし、自分の中ではそれまでの悩みや疑問がその一瞬で全て解決されるほど全てが「分かる」ことが出来ました。

自分の感覚では、「なんだそういうことか、何に悩んでいたのか。生まれ変わろう。」と決意した瞬間でした。

しかし、当時は精神世界の知識がほとんどなかった為、その後冷静になった時には、何が起きたのかさっぱり分からず、答えを探して随分さまよっていました。

ずいぶん後になって、「あー、悟りの最初の扉が開いたんだ」と理解しました。

悟りってなに?

私は仏教に明るいわけでは無いので、よく分からなかったのですが、

辞書で悟りを引くと、「迷いの世界を超え、真理を体得すること」とあります。

まさにそれでした。

そして、その時感じたことは、悟りは「終わり」ではないということでした。

そう、悟りは始まりの扉なんです。その奥にたくさんの扉がいくつもあって、生きていく過程で気づきを得ることで一つずつ扉は開いていきます。

じゃあ、悟りを開ける人は特別なのか?というと、そういうことではないと思っています。
悟るということは、元の自分に戻る事ですから、意図せずとも全ての人が少しずつ扉を開いていっているのが人生なのだと思います。

しかし、私のように闇が深いと、明暗のコントラストが強くて衝撃となって一気に開きやすいのかもしれません。ハイリスク・ハイリターンといったようなものでしょうか(笑)。

悟りの言葉は?

先日数人のレイキ仲間と夕食をご一緒した時に、その時の話になりました。

レイキ仲間ですから、私の経験は臼井レイキ創始者である臼井甕男先生(うすいみかお/1865~1926)の悟りの話に通じる点があることをすぐに理解して頂けました。
(詳しいレイキの歴史は臼井式レイキとは~レイキの歴史~

臼井先生は、京都の鞍馬山にて断食、瞑想の修業中悟りを開き、靈氣による治療能力を体得されました。その時の悟りの言葉が残されています。

「宇宙は私であり、私は宇宙である」
宇宙即我、我即宇宙。全ては一体。

という素晴らしいお言葉なのですが、
「naocoさんもそういうのあった?」の問いに
「・・・・・・」
すぐには思い出せませんでした。

しばらく考えてやっと思い出しました。
「私は光です。地球と人類に光を降り注いでいきます。」でした。

「我光也。ですね!!まさにレイキですね!!」とおしゃって頂きました。

本当だ、レイキは聖なる光の宇宙エネルギー、何で今まで気づかなかったのだろう。
いや、その言葉忘れていたし(笑)

神様に「思い出せ、大事な言葉だっただろう」といわれた気分でした。

人の言葉は神様の言葉でもあると思っています。簡単に聞き流さず一つ一つ意味を考えながら向き合うと思わぬ気付きを得ることもある典型です。

その言葉を思い出してから、より一層レイキに対するこだわりが強くなったような気がします。

臼井先生が宇宙から授かった大切な宇宙エネルギー、良いものは良いから皆が使えるようになって欲しい。
そのお役目もあの悟りの時に、神様から授かったという事を再認識し今後も光でありたいと思います。

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